“信用”しても“信頼”しない

昨年よりハノイでは現地化に向けたベトナム人幹部育成の要請が増えてきました。将来を期待されるベトナム人材が各社で頭角を現してきている状況は喜ばしい反面、幹部人材を決めうちで手塩にかけて育てている会社様には一抹の不安も覚えます。 

 

□ 組織人としての就社意識を持つ日本人はむしろ特殊?

ベトナムの離職率が高いことは言わずもがなですが、軽作業の工場でも通常で3~5%/月、重労働や高温・化学臭のある作業場所では5~8%/月程度の離職率になるようです。高い給与やポジションを目指して転職を繰り返すともいわれますが、ベトナムでは就職=一生の働き場所探しとはさらさら考えていないと思われます。

もとよりベトナムでの就職は日本のように定期採用があり、入社式があるなど会社をあげての行事ではなく、会社内に空いたポストがあるごとに、家族から斡旋されたり友人から紹介されたりというのが一般的です。従って、当人も「会社に入る」というよりは、家族や友人の紹介をつてに「職を得る」という意識の方が高くなります。このため、当の友人が会社を去ると、会社に勤める理由を見失い、また居づらくなってやめていくこともあります。

愛社精神や会社への忠誠心を従業員に持たせたいという要望もたまにいただくことがありますが、日本のように会社のために自分を犠牲にするとか、会社に尽くすという発想は日本に特有のものと感じます。儒教に根ざしたベトナムとはいえ、一般に職を求めるベトナム人材は極端に言えば、自身が職業を通じて十分な給与を得、成長・発展の機会を得ることのほうが、会社自体の成長・発展より優先すると考えていると思われます。

 

□ 家族が第1、会社は2の次

「会社を背負って立つ幹部人材を育てたい。」どの会社も理想に描くことと思いますが、これが現実には難しい。弊社でも、天塩にかけた講師が「家業を継ぐことになった。これまでの経験を自分のビジネスに役立てたい。」と、あっさりと辞めていったこともあります。また、日ごろかわいがっていた従業員が反旗を翻してストの先頭に立つ姿に心を痛めて帰国した社長の話も聞きました。

日本人は、家族をないがしろにしても組織を優先し、むしろ批判を浴びることもありますが、ベトナムでは家族が優先し、経済的にまたは家族に職を分け与えることにより家族を支えるという意識の方が強いと思われます。従って、自身や家族を犠牲にしてまで会社に貢献するということはまれですし、ましてや赤の他人の同僚や部下のために会社を背負って奮迅するというのは公開企業の経営者でもまれです。

このため、給与が低いなどの不満で会社を辞めていくのはまだしも、将来を期待されるベトナム人材が、奥さんが辞めろといったから、両親が公務員の空きポストへ斡旋したから、親戚の商売を手伝うためなどといった理由で会社を辞めていくのは、日本人としてはなかなか理解ができないところです。

一方で、日本人は会社を辞めるというと、ある種の罪悪感も感じるものですが、ベトナムでは同僚からの引き止めもなく、あっさりとしたものです。会社を離れても、個人としての付き合いは続きますし、他人の家族の問題のため感傷に浸ることもないようです。

どうも、日本とベトナムでは会社と向き合うスタンスが異なるようです。日本的には会社に入社することは、苦楽を共にする会社の一員となることと期待してしまいますが、ベトナムでは苦楽を共にする家族の一員が家族を代表して会社に籍を置くといった違いでしょうか。

 

□「信用」しても「信頼」せず、人材の層を厚くする

ともあれ、日本でもベトナムでも高いポジションに着くということは、より広い範囲での責任を負うということを意味し、自身のみならず同僚や部下を含めた組織の成果に責任を持つということに変わりはありません。

また、与えられた役割・責任を一所懸命果たそうとするベトナム人材は、潜在力のある人であれば教育や指導を通じて見る見るうちに成長していきます。異なるのは、ベトナム人材の頑張りも家族の平穏・発展があってこそ、または家族の平穏・発展のためということです。

「信用する」と「信頼する」の違いには諸説があるようですが、まさに将来を期待されるベトナム人材は「信用するには足りる」が「うかつに信頼してはいけない」ということかと思います。

能力の高いベトナム人材は高い目標も達成できる、仕事の成果を「信用」できる人材ですが、部門や会社の将来を信じて任せられる「信頼」できる人材足りうるかというと、もとよりベトナム人材にとっての優先事項が異なるため、いつ突然の離職願いが来るか油断はできません。

お勧めするのは、特定のベトナム人材のみに期待するのではなく人材の層を厚くし、期待される人材が突然離職しても次の候補が取って替われるように組織的に人材を配置・育成することです。特定の人材のみに目をかけるのは、嫉妬深い他のベトナム人材のやっかみを買うことにもなりかねませんし、当人の驕りを招き、家族や信頼できる人たちを回りに囲い、縄張りを作ることにもつながりかねません。

「成果がでなければ、いつでも交代させるぞ」くらいの緊張感と、昇進・昇格競争の中で、やる気と根性のあるベトナム人材から手を上げてもらう、というくらいが調度良いのではと思います。