ベトナム居住の読者の皆さんには、既に経験済みの方も多いと思いますが、ベトナム企業のサプライヤが契約を履行しないケースはよくあります。本年は弊社事務所の引越に伴い、「金の切れ目を」迎えた業者があり、そうした業者からは「縁の切れ目」よろしく、敷金や担保金を返金しないという仕打ちを受けました。幸い被害は小さく収まったのですが、約束を重んじるいち日本人としては、なんとも腹立たしいベトナムの事業環境の現実を再認識させられました。

 

  • 約束は「朝令暮改」がベトナム流

ベトナム要人とのアポイントに際してもよくある話ですが、面会の約束が直前になってキャンセルされることはよくあることです。多くのベトナム人材は短期視点で優先順位を考えるため、先回りして約束すればするほど、後で反故にされる可能性が高まります。そのためもあり、結婚式への要人の招待などは先方の優先順位検討の思考範囲に入る1週間前ほどに通知、何度も連絡して優先順位を高め、約束を取り付けます。

どうにも、契約書についても同様の傾向がうかがえるようです。契約内容の履行を促すレターを送付すると、総じて「現状に即して考える。契約書は関係ない」と、日本人には理解のできない返答が返ってきます。

日本人的には契約書は法的拘束力のある、契約当事者双方が権利・義務を負う約束事であるとの認識なのですが、ベトナム人的には「契約した時点では合意したが、今は状況が異なるので、契約書に従うのは不合理である」との理屈なのでしょう。

 

  • 契約書は最後の法的手段。証拠資料は正式資料として残す

契約書に署名・捺印することの意義が理解されていないことは、甚だ未成熟な事業環境のベトナムの悲しい現実ですが、「契約書とは。。。」と演説をぶっても、ベトナム企業に契約の履行は期待できません。もとより、当事者の一方が契約書に従わない場合は、裁判所や仲裁所の判断を仰がなければ、契約書に強制力はありません。

「外国企業とは綿密な契約書を作るべし」というのは多くの方が既に日本にて学んでいる常識ではありますが、残念ながら緻密な契約書を作れば、紛争が防げるというものではなく、緻密な契約書はいざ裁判や仲裁となった段になって役に立つ、頼みの綱です。また紛争解決が最終的には裁判や仲裁によらざるを得ないことを鑑み、契約履行に関する相手方とのやり取りはできるだけ文書で取り交わし、証拠書類として残しておくことが必要です。公式文書の書き方のわからないベトナム企業は担当ベトナム人の携帯に直接電話をして、罵声を浴びせ、脅すこともありますので、通話内容を録音する準備もしておくべきでしょう。

 

  • 生じうる紛争を想定して契約書を作る

まだまだ裁判や仲裁が紛争解決の手段として一般的でないベトナムでは、一般の事務スタッフは契約書の意義も理解していないことが多くあります。既に十分な様式が容易されていれば幸いですが、様式を一から作らせると、「物品Aをxx個、xx日までに納品する」といった注文書のような契約書ができてきます。

契約書が意味をなさない現実を知るベトナム人材には、手の込んだ契約書を作ることを面倒がる節もありますが、もとより契約書は紛争の早期解決を目的として作るものと理解を新たにし、「もし違う部品が納品されたら。。。」「もし数量不足が生じたら。。。」「もし納期遅延が起きたら。。。」と、いわゆるWhat if分析を駆使して契約書を作ることを進めたいものです。

 

ベトナム企業が契約書を法的拘束力のある合意事項を表す書類だと理解し、尊重することが理想ですが、残念ながら現状は、まだ外国企業に取って十分に仕事がしやすい事業環境には至っていません。日本のような少額裁判制度や行政による指導を進め、いち早く外国企業が安心してベトナム企業と仕事ができるような環境が整うことを期待します。